ポル・ポト政権

ポル・ポト氏が率いる武装勢力が、内戦の末に樹立した共産主義政権(1975~1979)。

ポル・ポト派は、別名クメール・ルージュとも呼ばれた。

極端な共産主義政策で、強制移住や過酷な労働のほか、知識人の粛清で人口の4分の1にあたる約170万人のカンボジア人が犠牲になったと言われる。

政権崩壊後、ポル・ポト氏は軟禁状態だった1998年4月に死去した。